デス・オーバチュア
第128話「強者を翻弄する弱者」




「……ふむ、とりあえず器は完成したな」
リーヴはソファーに倒れ込むように横になった。
作業の邪魔になるので縛っていた白髪を解放する。
白い髪が波のように拡がった。
「お疲れ様です、リーヴ様」
羽衣のような布を羽織った人形のように無表情な女が、テーブルの上に酒瓶とコップの乗ったトレイを置く。
リーブはせっかくコップを用意してくれたにも関わらず、酒瓶を手にすると、直接口をつけた。
「……流石はリーヴ様です。これ程の人形をたった一昼夜で完成させるとは……」
人形のような……いや、人形である少女舞姫は、先程までリーヴが作っていた人形を見つめて感嘆の声を上げた。
「なあに、それにはまだ『中身』が入っていない。正真正銘ただの『人形』に過ぎない……」
リーブは酒を喇叭(ラッパ)飲みしながら言う。
「……この人形は……あの方がモデルなのですね?」
「ああ、創作意欲を刺激する素材だったからな……まあ、作った理由はそれだけではないが……こいつは特別……異端だ。お前達とは違う……んぐっ、おかわり」
リーヴは空になった酒瓶を舞姫に投げ渡しながら、追加オーダーをした。
「畏まりました」
舞姫は手ではなく羽衣で空瓶を絡め取るように受け取ると、トレイを持って奥へと消えていく。
「……これはお前に対する親切であり嫌がらせだ……いずれ必ずこいつが必要になる……」
リーヴはここに居ない誰かに話しかけるように呟いた。
「……お前の反応が楽しみだ……これを初めて見た時……そして、これが必要になった時の反応がな……」
リーヴは自らの生み出した新たな人形を眺めた。
美しい、どこまでも美しい人形、外見的には今までで最高の傑作である。
だが、それはモデルになった人物の美しさゆえだ。
自分はただあの美しさ、気高さを再現したに過ぎない。
「お待たせしました」
トレイいっぱいに酒瓶を乗せて舞姫が戻ってきた。
「ご苦労」
リーヴはすかさず酒瓶を一本掴み取る。
「……そういえば、『外』は大分複雑に騒がしくなっているようです」
「んっ……あっそ。まあ、私が寝ているうちに終わるんじゃないか?」
リーヴは興味なそうな表情で酒瓶を喇叭飲みしながら答えた。
「……リーヴ様が面倒臭がりなのは存じていますが……今回はやけに他人事のようですね。すぐ傍で起きていて、あの方達も関わられているようですのに……」
「……ルーファスにタナトスか……そっちは別にいい。問題はマスターズだ……特にメディア……あいつとは絶対に関わりあいになりたくない……」
そう言うと、リーヴの表情が曇る。
「メディア様? そういえば、とても苦手そうにされていましたね。露骨に追い出したそうにされて……でも、強引に追い出そうとはせずに……」
舞姫には少し不思議だった。
メディアに対する主人の態度はかなり特種だった気がする。
「苦手そうではなく、苦手なんだ、あいつは。あいつとディアドラ先生は数少ない私が気を遣う人間だからな……」
「……リーヴ様が気を遣われる……」
「ナノブラッドなんかで遊んでいるうちはまだいい……あいつが本気になったら……キレたら……私では手におえん。先生とマスターズ一の変人、狂人の座を競う女だぞ……私のような普通の女が適うわけがあるまい」
「……普通ですか……」
「……なんだ?」
「……いえ、別に……あ、その、そんなに危ない方なのですか、あの方は?」
「質の悪さでは先生の方が上だと思うが……解りやすい危なさでは先生の上をいくかも知れない女だ……私はあの女と先生だけは敵に回したくない……疲れるからな」
そう言うと、リーヴは新しい酒瓶に手を伸ばした。



「あら? 頭蓋骨を粉砕して脳髄をぶちまけさせるつもりだったんだけど……神銀鋼製のメスの方が綺麗に砕け散っちゃったわね」
巨大な白銀のメスは無数の岩のような破片になって宙に『浮いて』いた。
「いっ……痛あああああっ! 痛いよ〜、お姉ちゃん!」
皇鱗が宙に浮いたまま、両手で頭を抱えて喚いている。
「ふ〜ん、痛みはあるの? どの程度の威力から有効なのか解りにくいわね、あなた」
「う〜……神銀鋼のメス? 酷いよ! そんなので叩きつけられたら、いくらわたしだってかなり痛いよ!」
皇鱗は頭から手を離すと、ぷんぷんとメディアに抗議した。
「そうなの? あなた、スカーレットに殴る蹴るされても全然ダメージ無さそうだったじゃない」
「それは覚悟して、ちゃんと『受けて』たからだよ! 不意打ちの脳天直撃なんてあんまりだよ!」
「そういうものかしらね? じゃあ、ぼちぼち始めましょうか?」
「えっ?」
「必殺! 偽メテオ!」
メディアが手近の破片を蹴り飛ばすと同時に、全ての破片が一斉に皇鱗に襲いかかる。
「うっ!」
皇鱗は両手に青い光を宿らせると、必死に降りかかる神銀鋼の破片を打ち払い続けた。
「バァァン!」
メディアが左手を突き出すと、皇鱗の腹部がいきなり爆発する。
「なっ!?」
「どうせ、あなたみたいな超生物じゃ内側から爆破させるのは無理だろうから……外側からバンバン吹っ飛ばしてあげるわ!」
言っている傍から、皇鱗の左肩が爆発した。
「ほらほらほらっ! 踊れ踊れ!」
メディアが僅かに左手を突き動かすだけで、皇鱗の体中が次々に爆発していく。
小爆発を繰り返しながら、皇鱗は地上目指して墜落していった。
「とどめはでっかく行くわよ〜、ドカアアアアアン!」
遙か上空のメディアが右手を突き出すと、地上に激突する直前の皇鱗が大爆発に呑み込まれる。
「…………」
爆煙が晴れると、静かに怒った表情の皇鱗が姿を見せた。
「あ、やっぱりこんなんじゃ全然ダメージない?」
「うん……ダメージはないよ……でもね、かなりの屈辱だったの……」
皇鱗の両手の掌の間に青く光り輝く球体が生み出される。
「あなたが上にいるのは丁度いいわ……遠慮なく思いっきり撃てるから……」
青い光球は物凄い勢いでその輝きと激しさを際限なく高めていった。
「泡沫のごとく儚く消えなさい! 夢幻泡沫(むげんほうまつ)!」
皇鱗の両手から解き放たれた青い光球は瞬時にメディアの目の前に移動し、大爆発する。
青い太陽でも生まれたかのように、爆発的な青き閃光が空を支配した。
「もし地表に向かって撃っていたら、大陸すら吹き飛ばした一撃、人間ごときが耐えられるわけが……」
「まあ、無防備に当たったらヤバかったわね」
突然、皇鱗の目の前にメディアが出現する。
「えっ?」
メディアの左掌がそっと皇鱗の胸に添えられた。
「爆っ!」
メディアの掌と皇鱗の胸を中心に生まれる赤い煌めき。
次の瞬間、アンベルの終末の滅光(ラグナレイク)に匹敵する大爆発が地上を吹き飛ばした。



「……な……なんなの、あなた……?」
荒れ果てた地上に立つ異界竜の少女は、目の前の白衣の少女に怒りと不審の満ちた眼差しを向ける。
「何と言われても……メディカルマスター……ただの人間の医者だけど?」
白衣の少女メディアは飄々と答えた。
あれだけの爆発を起こして起きながら、メディアは一欠片のダメージも疲労も無いようである。
「しかし、困ったわね。これ以上威力を上げると、この山が持たない……かといって、この程度じゃ全然ダメージないみたいだし……やっぱり、格闘戦しかないかな? 苦手なのよね……」
「……なんか、あなたは嫌な感じがするの……お人形さんと違ってあなたの力、戦い方……凄くムカつくよ……」
「そう?」
「…………」
メディアとの戦闘は、スカーレットとの殴り合いと違って全然楽しくなかった。
あの程度の爆発では殆どダメージを受けないとはいえ、一方的に爆発され続けるだけなんて……面白くもなんともなく、イライラが、ストレスが貯まるだけである。
「多分、アンベルならあなたを満足させてあげれたんだろうけど……」
メディアは振り向き、かなり遠方からこちらを見ているアンベルに視線を送った。
「代わる?……えっ、駄目? じゃあ、仕方ないわね……」
メディアはどうやってか、言葉も届かない遠距離のアンベルと意志疎通を行ったようである。
「てわけで、引き続きわたしが相手するけど我慢してね」
メディアは視線を皇鱗に戻すと少し意地悪げに微笑を浮かべた。
「…………」
メディアを睨みつけながら、皇鱗は考える。
格闘の間合いに持ち込みさえすれば一瞬で勝負がつく、それが皇鱗の導き出した結論だった。
スカーレットのように直接肉体で格闘するだけの硬度やパワーがないからこそ、メディアは遠距離から『見えない爆撃』を繰り返しているに違いない。
「あなたはつまらないから、さっさと終わりにさせてもらうね……」
「嫌われちゃったみたいね」
「……覚悟〜!」
皇鱗は物凄い瞬発力で一瞬で間合いを詰めると、青く輝く右手でメディアの頭部を薙ぎ払おうとした。
だが、右手が触れる直前でメディアの姿が消失する。
「遅い」
背後から右肩を軽くポンと叩かれた。
次の瞬間、皇鱗の右肩が大爆発した。
「……うっ、何、今の動き……?」
例によって皇鱗にはたいしたダメージはない。
皇鱗が振り返ると、メディアは平然と腕を組んで立っていた。
「……もう一度確かめてみる」
皇鱗は再び一瞬で間合いを詰めると、バツの字で切り裂くように青く輝く両手を叩きつける。
けれど、両手がメディアの体に届くよりも速く、メディアの姿は消え去った。
「爆!」
背後からメディアの声と共に、皇鱗の背中が大爆発する。
「うっくっ……なんなの!? 動きがまったく見えない!? ううん、そんな馬鹿なことが……」
「何度やっても無駄よ。あなたはわたしに触れることもできない……とはいえ、わたしにもあなたを破壊するだけの攻撃手段がない……本当、困ったわね、ここまで丈夫な生物とは思わなかったわ」
「……触れることもできない……」
悔しいがその通りだった。
動きについていく以前に、動きを目で捉えることすらできないのである。
「種明かしをするとね、わたしは別に速いわけじゃない。ただ単に『瞬間移動』しているだけなのよ」
「瞬間移動!?」
「ええ、こんな……」
メディアの姿が皇鱗の視界から消えたかと思うと、皇鱗の頭の上にいきなり重圧がかかった。
「……風にね」
声は皇鱗の頭上から。
メディアは皇鱗の頭の上に立っていた。
皇鱗は頭上のメディアを右手で叩き落とそうとするが、それより速くメディアは瞬間移動で逃れる。
「全然駄目ね。それに比べて、この前会った美人の剣士なら、きっとわたしが消えるよりも速くあっさりと斬り捨てたことでしょうね」
「……美人? 剣士?」
本来ならいきなり何を言っているのかさっぱり解らない意味不明な発言だったはずなのだが、メディアの口にした単語は妙に引っ掛かるものがあった。
「わたしの移動は文字通り『一瞬』……わたしを掴まえたいなら、一瞬の間……つまり、わたしの思考よりも速く動くのね」
メディアはそう言って意地悪く笑う。
「思考より速く……解ったわ……やってあげる!」
皇鱗は宣言すると同時にメディアに飛びかかった。
「だから、遅いって言ってるのよ!」
メディアの姿が消えると同時に、皇鱗の右肩が爆発する。
「あはははははっ! 踊れ踊れ踊れ踊れ踊れ踊れっ!」
皇鱗の体中が休むことなく爆発し続け、爆風で皇鱗の体が風に舞う木葉のように弄ばれ続けた。
「う〜……うわあああああああん! なんでわたしがこんな人間なんかに弄ばれなきゅいけないの!? お姉ちゃんさえいれば……完全体になりさえすればあなたなんか敵じゃないのにいいいっ!」
皇鱗が急に癇癪を起こしたように喚き出す。
「まるで駄々っ子ね……ん? 危なっ!」
呆れたような表情を浮かべていたメディアだが何かに気づいたのか、慌てて瞬間移動でその場から消え去った。
「うわああ……うっ?」
泣き喚いていた皇鱗は背中に急激な熱気を感じ、背後を振り返る。
そこにはスカーレットがいた。
彼女の胸の部分がナース服ごと剥ぎ取られ中の機械が剥き出しになっていた。
機械といっても、そこにあるのは赤い、赤い、熱く燃え上がる光球。
「私の全てをあなたにあげるの……燃え上がれ、我が命の炎……熱く熱く燃え尽きろ! オルサブレイズ(全ての始まりの炎)!!!」
今までの炎や熱とは桁の違う、究極の炎がスカーレットの胸から解き放たれ、皇鱗を跡形もなく呑み尽くした。







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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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